もうダメだと思ったときに読むブログ

起業して失敗した僕は立ち直った

人生が辛いと悩むなら、生きる意味を考え直してみよう

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「自分の人生は失敗だった」

「自分はもうおしまいだ」

「自分の人生は、こんなはずじゃない」

「自分なんて、もう生きていても仕方がない」

 

このブログを読んでいる人の中には、そう思ったことがある人がたくさんいると思う。

 

事業の失敗、就職の失敗、人間関係の失敗、借金、病気・・・

理由はさまざまだけれど、自分の人生に絶望したことが何度かあるんだと思う。

 

もし、君がいままさにそういう状態に陥っていて、「自分は生きていても仕方がない」とか「死んだ方がましだ」と考えているなら、一つ振り返って考えてみてほしいことがある。

自分は、何を目標に生きているのか?人生をどう定義しているか?

 

自分は、人生をどう定義しているか?

自分がどう人生を定義しているか、それはおそらく幼少期の家庭の影響を大きく受けている。

 

「勉強を頑張って、いい大学に入って、いい会社に就職して、たくさん稼いで、出世する」のが成功で、それに向かって生きていくのが人生のあるべき道と教えられるケースもあれば、「自由に、楽しく、活き活きと、周囲に感謝しながら、にこやかに生きていくこと」が人生だと教えられるケースもあるだろう。

 

君はどうだっただろうか?

両親から教わったわけでなくとも、学校や周囲の大人が自然とそう教え込むこともあるし、何かで読んだり見たりした本や映画によって影響を受けた可能性もある。

 

いずれにせよ、君は自分自身の人生をどうあるべきと考えてきたか、まずは振り返ってみよう。

たとえば、次のような事を人生のあるべき姿、言い換えれば理想の人生と考えてこなかっただろうか?

  • よい大学に入ること
  • 良い成績をとること
  • 良い会社に就職すること
  • 大企業の会社員としてバリバリ働くこと
  • お金をたくさん稼ぐこと
  • 事業に成功して有名になること
  • みんなから好かれるような人間になること
  • 常に好きな事に活き活きと取り組むこと
  • いつも感謝すること

そして、次にそれが自分にとって本当に人生の「あるべき姿」なのかじっくり考えてみよう。

それを達成すれば、自分は人生に成功したと思えるだろうか?

  • いい大学に入れば、人生は成功したといえるか?
  • 大企業に入って出世すれば、人生は成功したといえるか?
  • 周囲の人から好かれる人間になれば、人生は成功したといえるか?

もし、それが自分の人生のあるべき姿で、それを達成することが自分の人生の成功だと思うならそれでもいい。

価値観はいろいろ、人生はいろいろだ。

 

ただ、もし何かで失敗して、その目標がもはや実現不可能なものになってしまった場合 (たとえば、受験に失敗していい大学にはいれなかった場合とか) は、気を付けよう。人生の目標をどう設定したか、人生をどう定義したかによって、「まあ、しょうがないな」と思える人がいる一方で、必要以上に深刻にとらえてしまい、「人生失敗した」「もうおしまいだ」と落ち込んでしまう人もいる。同じことがおきても、人によっては絶望の淵から這い上がれなくなってしまう可能性があるのだ。

 

もしかしたら、君はいい大学に入れず、就職に失敗して、「人生はもう終わった」と考えているかもしれない。

もしかしたら、君は事業に失敗して多額の借金を抱え、「人生はもう終わった」と考えているかもしれない。

 

でも、本当にそこで人生は終わったのだろうか?

よい大学に入れなくて、よい企業に就職できなくて、事業に失敗して、「人生終わった」と思うかもしれないけれど、それは自分がよい大学に入ることとか、よい企業に就職することとか、事業に成功することを人生の「あるべき姿」と考えてしまったからそう思うだけだ。

もし、人生の目標が全然違うこと (たとえば、人生と楽しむこと) だったら、よい大学に入れなかったこととか、よい企業に就職できなかったことは、「人生終わった」と思うほどのものではなかっただろう。結果が出なかったことについては残念に思うかもしれないけれど。

 

人生のあるべき姿をどのように描くかは、人それぞれ違っていい。正解なんかない。

ただ、もし「人生失敗した」「自分の人生はもう終わりだ」と思って辛い思いをしているならば、自分が思い描く人生のあるべき姿を変えてみるべきだ。

 

僕は「感謝すること」を人生の目標にしてみた

僕はサラリーマン家庭で育ったけれど、僕の祖父母はそれぞれ創業社長で事業を営んでいた。

地方でわりとよくやっていたらしく、小さい時から「おじいちゃんはすごかった」「おばあちゃんは立派な人だった」と耳にタコができるほど聞かされて育った。

だからだと思うけれど、僕は人生は「チャレンジ」するべきものだと思っていたし、「起業して事業に成功する」ことを人生の目標においていた。

 

そうだったからこそ、僕は事業に失敗したとき「人生失敗した」と必要以上に落ち込んでしまった。

今振り返ってみれば、長い人生のほんの数年の一コマに過ぎない出来事だったけれど、僕は「もう生きている意味がない」とか「人生終わった」と思っていた。

自殺したいとまで思い詰めていた。

(このあたりのことは、はじめに に書いた通りだ。今振り返れば、本当にひどい状態だった。)

 

結局、その後僕は「人生は、常に何かに対して感謝できればそれでもう成功じゃないか?」と思うようになった。

このブログで何度も紹介している 『ザ・シークレット』ロンダ・バーン(著) の影響もあるし、自殺しようとしていたころ、その本を読みながら「人生とは何だったのか?」と自問自答を繰り返した結果だと思う。

(『ザ・シークレット』ロンダ・バーン(著) については 僕がおすすめする2冊の本 (その1) - 『ザ・シークレット』ロンダ・バーン(著) を読んでみよう)

「ザ・シークレットがいうように、自分には何でも手に入り、何でもすることができるとしたら、社会的ステータスや金銭的な豊かさというのは本当に自分が欲しいものなのか?」。僕はそういうことをつらつら考えていた。

そうしたら、ある日突然、急にそういうものがどうでもよく感じられるようになった。

その代り、僕は生きていることを感謝できるようなことをたくさんしたいと思った。(僕はそう考えた時ですら、死のうと思っていた。ちょっと変なロジックだけれど、せめて今から死ぬまでの間だけは、生かしてもらったことを感謝しつつ味わいたいと思った)。

感謝するといい気分になる。

誰かに何かをしてもらったときだけに感謝するんじゃなくて、常に常に何かに感謝し続ける。

そうすると、なぜか生きていることそのことだけに感謝するようになる。そういう感情が自然と湧き上がってくるのだ。

こうなってくると、常にいい気分でいられて、いつも喜びの感情に浸ることができるようになる。

(余談だけど、5チャンの潜在意識スレで「自分は喜びの存在だ!」とアファしているといっている人をたまに見かけたことがある。彼らが言っている「喜びの存在」というのはこういう状態のことを言っているんだろうなと思う。)

そうすると、引き寄せの法則がうまく働いて、いいことがたくさん起きるようになる。

(くどいけれど、引き寄せの法則についても『ザ・シークレット』ロンダ・バーン(著)  を読んでみよう)

 

ともかく、僕は人生を「感謝して、多くの喜びを感じること」と定義しなおした。

もちろん、イライラしたり、落ち込むこともあるけれど、僕は昔に比べて信じられないほど穏やかな心持ちでいられる。

物質的な豊かさを超越した、静かな穏やかな感情だ。

ありがたいことに、お金にも苦労することが無くなった。(もっとお金があったらいいなとは思うけれど、このままでも困らないから「まあ、いいか」というような感じだ)。

 

君もいま何かに苦しい思いをしているなら、もう一度自分にとっての人生を考えてみよう。

人生の定義が変われば、人生が変わる。

-引き寄せの法則 - LOA (Low of attraction)
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